大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)9328号 判決 1984年4月24日
原告 南静子
右訴訟代理人弁護士 斎藤護
右訴訟復代理人弁護士 大深忠延
被告 株式会社 日本貴金属
右代表者代表取締役 永田輝秀
<ほか一〇名>
右被告ら一一名訴訟代理人弁護士 井門忠士
右訴訟復代理人弁護士 信岡登紫子
主文
被告らは原告に対し、各自金一一五〇万円及びこれに対する昭和五七年一月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は被告らの負担とする。
この判決は仮に執行することができる。
事実
一 当事者双方の求めた裁判
1 原告
被告らは原告に対し、各自金一一八八万円及びこれに対する昭和五七年一月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。仮執行の宣言
2 被告ら
原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。
二 原告の請求原因
1 被告株式会社日本貴金属(以下「被告会社」という。)は、昭和五四年二月一日金地金(以下「金」という。)の売買等を目的として設立され、私設の大阪金為替市場に加盟し、顧客との間で「予約取引」と称して金の先物取引ないしこれに類似する取引を行ってきたものであり、後記不法行為の当時、被告永田は代表取締役、同金村、同沢田は従業員、その余の被告らはいずれも取締役であった。
2 被告会社は、金の予約取引について昭和五六年八月二一日の午前中原告方に勧誘の電話をした上、同日午後被告金村を原告方に赴かせた。
原告方を訪れた同被告は、原告に対し、「今金一〇キロを三〇〇万円で予約すると九月二〇日には元金保証で二〇〇万円の儲けになる」、「会社始まって以来の好機会に奥さんをお誘いできた」などと言葉巧みにまくし立て、取引約定書の説明はおろか取引の概要すら告知しないまま一方的に取引約定書の署名、押印を催促し続け、更には「元金保証に間違いありません」、「相場ではなく、利殖である」とも明言したため、原告はその旨誤信し、右約定書に署名、押印した上、金一〇キログラムを買付ける予約取引の申込みをなし、その場で右予約金三〇〇万円の内金として一万円を同被告に交付した。
ところが、その直後身内の者に不幸があったためまとまった金員を必要とするようになった原告は、同月二四日被告会社に電話して前記予約取引の解約を申し入れたところ、翌二五日正午すぎ頃被告金村、同沢田の両名が原告方を訪れることになった。その席上原告が右事情を説明して契約の解約を求めたのに対し、右被告両名は、被告会社は売りと買いに三〇万円ずつ合計六〇万円の損害を蒙るのでこれを直ちに支払うのでなければ解約できないと言って容易に解約に応じなかった。そこで原告は知人である和歌山市議会議員石田日出子を自宅に呼び、同人立会いのもとで更に右被告らと話し合ったが、同被告らは、元金保証の点は絶対間違いない、絶対に相場ではない、九月二〇日までに二〇〇万円の利子がでる、その日までにお金が必要になれば三〇〇万円位なら二日もあれば届ける等の趣旨を繰り返し説明し続けたため、同日午後三時頃には原告も根負けして解約することを諦め、右被告らの説明を真に受け、同人らに請われるまま同人らの自動車で紀陽銀行紀三井寺支店に赴き、同支店で三〇〇万円を借受けた上、その場で同被告らに予約金の一部として一四九万円を交付し、翌二六日右残金一五〇万円を被告沢田に交付した。
原告は、その後同月三一日にも金三〇キログラムの予約取引の予約金名下に他所から借受けて九〇〇万円を被告沢田に交付しており、結局、原告は被告沢田らに誘われるまま被告会社に対し金取引の予約金名下に合計一二〇〇万円の支払いをなした。
3 しかして、被告会社が金の「予約取引」と称するものの実態は、商品取引所法二条四項にいう先物取引にほかならないから、私設の大阪金為替市場を通じてなされる金の予約取引は同法八条に違反する無効なものである。のみならず、被告会社は、金の予約取引と称して、金売買の投機性や先物取引の何たるかを理解しない顧客を、取引の形態・内容等の重要事項を告知することなく、利益を保証するなどと言葉巧みに誘導して金取引に引き込み、当初は計算上の利益を計上させて客を安心させた上、次第に取引を拡大させ、更には価格を操作して客に損害を与えるという、いわゆる「客殺し」をしているものであって、原告との間の金取引も、その後の取引の経過と結末をみるまでもなく、まさにその典型であり、当初から原告に損害を与えるべく仕組まれたものであるから、詐欺であり公序良俗に反する違法行為である。
4 以上を総合すると、被告会社が金取引の予約金名下で原告に合計一二〇〇万円を交付させた行為は、民法七〇九条の不法行為に該当するところ、被告金村、同沢田は直接の不法行為者であり、その余の被告らは被告会社の役員として同社の違法な取引を企画、推進してきた者であるから、被告らは共同不法行為者として、各自が原告に対して損害賠償責任を負う。
5 原告は被告会社に対し前記のとおり合計一二〇〇万円を交付して同額の損害を蒙ったが、被告会社から昭和五六年一〇月五日一五〇万円の返戻を受けたので、右残額は一〇五〇万円となった。
原告は大正一一年生まれの女性であるが、永年にわたり、美容師として稼働して得た貯えを被告らの奸計によっていわば一瞬のうちに奪われたことによる精神的打撃は甚大であり、その慰藉料としては三〇万円が相当である。また、原告が弁護士に本件訴訟を委任した費用のうち、以上の損害金額の一割にあたる一〇八万円については、被告らの本件不法行為と相当因果関係にある損害である。
6 よって、原告は被告らに対し、右合計一一八八万円及びこれに対する不法行為後である昭和五七年一月六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各自支払いを求める。
三 請求原因に対する被告らの答弁と反論
1 請求原因1項のうち、予約取引が先物取引ないしこれに類似する取引であることは争うが、その余の事実は認める。
2 同2項のうち、被告金村が昭和五六年八月二一日原告方を訪問して金の予約取引の勧誘を行い、取引約定書に原告の署名、押印を得た上金一〇キログラムを買付ける予約取引の申込みを受け、予約金三〇〇万円のうち一万円をその場で受領し、その後右残金の支払いがあったこと、原告が更に金三〇キログラムを買付ける予約取引の申込みをしてその予約金九〇〇万円を支払ったことは認めるが、その余の事実は否認する。これらを含む原告との予約取引の内容の詳細は後記のとおりである。
3 同3ないし5項は争う。
4 被告会社は、金の予約取引の自由金市場である大阪金為替市場組合に加入し、昭和五六年九月までの間同組合が定める予約取引の方法によって金取引を行ってきたが、右の「予約取引」とは、売買予約という契約方法を利用して金の売買を行い、転売、買戻しを含めて全て予約契約とするもので、売買された金とその代金の現実の授受を予め将来の一定の取引日(これを限月の納会日という)に行うことを定め、契約の相手方はこの日までの間に反対売買をすることはできるが、当初の売買の予約性に拘束されてその決済も限月の納会日となるため、反対売買の時点で利益又は損失が生じても単なる計算上の損益にすぎず、これが現実化するには限月の納会日を待たなければならないという点において、先物取引の差金決済と相違している。但し、相手方の損害を支払うか自己の利益を放棄するかして予約取引を合意解約することは可能であり、その場合には納会日前に清算されることになる。
5 被告金村は、昭和五六年八月二一日金の予約取引を勧誘するために原告方を訪問し、パンフレットやグラフを示して金取引の魅力を原告に説明したところ、原告は右取引を行いたい旨表明し、(一)昭和五七年七月を限月として金一〇キログラムを買付ける予約取引を申込み、その場で取引約定書と注文書に署名、押印をした上、右取引の予約金三〇〇万円(約定により金一キログラム当り三〇万円の割合で預託を受ける金員)の内金一万円を翌二二日に、内金一四九万円を同月二五日に、残金一五〇万円を同月二六日に支払った。
更に原告は、(二)同日前同限月で金三〇キログラムを二〇キログラムと一〇キログラムの二口に分けて買付ける予約取引を申込み、右予約金九〇〇万円のうち四〇〇万円を同日に、残金五〇〇万円を同月三一日に支払い、(三)同日(二)で買付けた分を同限月で売付ける反対売買を行い、これによって得た見込み利益一八〇万円を預託金に振替えた上、右反対売買によって解放された予約金九〇〇万円と合算した一〇八〇万円を予約金として、(四)同日金三六キログラムを同限月で買付け、(五)九月一〇日には(一)と(四)の買付分につき同限月で売付けの反対売買をし、その見込み利益合計四七二万八〇〇〇円を預託金に振替えると共に(これにより預託金残高は一八五二万八〇〇〇円となる)、(六)同日金六一キログラムを同限月で買付け、(七)同月一四日には(六)の買付分につき同限月の反対売買をして二九二万八〇〇〇円の見込み利益を得たので、これを預託金に振替え(同残高は二一四二万五六〇〇円となる)、(八)同日金七一キログラムを同限月で買付けるというように、売りの予約取引によって得た見込み利益を次の買いの予約取引の予約金に投入する方法によって、順次取引を拡大して行った。
ところが、同月一八日になって金の価格が暴落して予約取引の相場も同様に暴落したため、損害の拡大を心配した被告会社が原告に両建てを勧め、原告はこれを受けて(九)同日金七一キログラムを売付ける予約取引をしたものの、右予約金二一三〇万円の預託について原告と被告会社との間に争いが生じたため、結局話し合いにより、(一〇)同年一〇月五日残存している(八)の買付けと(九)の売付けの各予約取引のそれぞれについて反対売買をした上、同日見込みの損益をもって清算し取引を結了した。なお、被告会社は原告の注文をすべて取引約定書に従い、大阪金為替市場に通している。
以上の予約取引の詳細及びこれによる損益の精算と予約金の増減の状況は、別表「予約取引・精算一覧」及び「予約金残高一覧」に記載するとおりであり、これらはいずれも原告みずからの自由な意思と計算においてなされた取引及びその結果である。
6 原告は、金の予約取引が投機性を有し、危険性を内包する反面多大な利益の可能性もあることを充分承知し、取引約定書の記載や被告金村、同沢田の説明によって取引の内容を理解した上で前記各取引を行った。このことは、原告が八月二五日に市議会議員の石田日出子を立会わせて被告金村らと長時間面談した末に予約金の内金を交付していることからも明らかであって、そもそも以上の経過からすれば、取引約定書を読んでいないとか取引内容を理解していないといった主張をすること自体取引関係の信義にもとるものである。また、仮に右主張内容が真実であるとしても、原告はみずからの意思と判断で取引約定書を読まず、取引内容の理解をしなかったのであるから、その責任を被告らに転嫁することはできない。
7 「予約取引」は、限月による決済の義務付けがある点は先物取引と同一であるが、限月までの途中で転売、買戻しによる清算ができない点においてこれと異なる取引であるから、商品取引所法にいう「先物取引」には該らない。また、同法八条にいう「類似の施設」とは、同法上の商品取引市場が既に存在する場合に初めて発生する法的概念であるところ、本件の各取引当時金は同法上の「商品」として指定されておらず、金の商品取引市場は開設されていなかったから、本件取引について同条違反の問題を生ずる余地はない。金が同法上の「商品」として指定されて商品取引市場が開設されるまでの間について、金の予約取引が同法の規制下にないことは、通商産業省の解釈でも同一である。
8 大阪金為替市場は、当初は権利能力なき社団として、後には組合契約による組合として、金取引を業とする多数の会員によって運営された組織であり、海外の金市場が発表する金の価格の平均値を為替レートで換算して金の予約取引価格を提示していた。従って、その取引価格は海外の金市場における金の取引価格と連動しており、同市場やその組合員が金の取引価格を勝手に操作できる余地はなく、本件の各取引も同市場が提示する価格によって同市場を通して取引された正当なもので、「客殺し」であるとか公序良俗違反であると、いわれる筋合いのものではない。なお、同市場は、組合員がその客の相手となって取引を成立させこれを同市場に報告するという取引方法(俗にいう「向い玉」)を認めているが、これによって業者と客とが利益相反の関係に立つとしても、価格の操作ができない以上取引における損得は相場の成り行き任せであり、「客殺し」などできるはずがない。
四 被告らの抗弁
1 原告が昭和五六年一〇月五日被告会社との取引を結了し、清算の結果二〇二三万五〇〇〇円の損金を生じたので、被告会社は預託金の残金二一四五万六〇〇〇円から右損金に充当をして、その残額一二二万一〇〇〇円を原告に返還すべきこととなったが、その際の両者の話し合いで被告会社が手数料のうち二七万九〇〇〇円を値引して原告に合計一五〇万円を支払い、互いに他に何らの債権、債務がないこととする旨合意に達し、その旨の和解確認書を作成し、被告会社は直ちに一五〇万円を原告に支払った。従って、被告会社が右和解上の債務を既に履行した以上、被告会社はもとよりその余の被告らについてもこれ以上何らの支払い義務は存しない。
2 仮に、被告らが有責としても、原告の損失が拡大するについては原告自身にも過失があり、その割合は原告が八割、被告らが二割と考えられるから、過失相殺がなされるべきである。
五 抗弁に対する原告の答弁と再抗弁
1 被告らの抗弁1項の外形的事実は認めるが、その主張は争い、同2項の主張も争う。
2 原告は、被告村下から電話で呼び出され、昭和五六年一〇月五日午後四時二〇分頃被告会社営業所を訪れたが、ビルの八階にある同営業所内で被告村下に会うなり、同人から、金取引の残金が一二〇万円しか残っていないのでこれを確認すべき旨告げられた。原告は、話の内容がこれまでの被告会社側の説明とまるで異なることに驚き、「沢田から元金保証と聞いている」、「明日主人を連れて出直してきます」などと応答したが、被告村下は「相場も知らんのに手を出すからや」とか「明日になったら私は相手にしませんよ」などと言ってまったく取り合わず、同日午後七時三〇分頃までの間、右結末を了承すべき旨執拗に迫り続け、この間原告は単身被告会社内にあって、逃げ出すこともできないまま被告村下と対座し続け、遂には異常などうきや吐き気を催し、正常な考えすらできなくなり、最早なす術もないと観念して同被告の言うがまま取引結了確認書と和解確認書にそれぞれ署名、指印した。
従って、被告らが主張する和解は、原告においてそもそもいかなる契約をしたかの認識を有していなかったことないしは被告会社の側の利益にのみ偏した内容を強要された公序良俗に反する契約であることにより無効である。
六 再抗弁に対する被告らの答弁
再抗弁は争う。
七 証拠関係《省略》
理由
一 被告会社が金の売買等を目的として昭和五四年二月一日に設立され、私設の大阪金為替市場に加盟して「予約取引」と称する金取引を行ってきたこと、原告が被告会社の従業員である被告金村、同沢田の勧誘を受けて同社の顧客となり、昭和五六年八月二一日金一〇キログラムを同五七年七月を限月として買付ける予約取引を申込み、同五六年八月二六日までに右予約金三〇〇万円を三回に分けて被告会社に交付し、更に右同日前同限月で金合計三〇キログラムを買付ける予約取引を申込み、その予約金として九〇〇万円を同社に交付し、結局金取引の予約金名下に合計一二〇〇万円を被告会社に交付したことは、いずれも当事者間に争いがない。
そして、右争いのない事実と《証拠省略》によれば、次の諸事実を認めることができる。
1 原告は大正一一年生まれの女性で、昭和二二年から美容院を経営している美容師であり、被告会社は、同五六年八月当時の資本金が二四〇〇万円(同年九月九六〇〇万円に増資)で、主要都市に六支店(同五七年末には一四支店に増加)を構え、私設の大阪金為替市場に加盟し、顧客からの委託により同市場を通じて金の予約取引を行ってきた会社である。
2 被告会社が行ってきた金の「予約取引」とは、各取引ごとに当該取引の日から一年以内の任意の月(限月という)を選び、その月の納会日(月末から逆算して四営業日)を決済日として金の売買を行うことを予約する取引であり、右納会日までの間に既にした取引についてこれと同量、同限月の反対売買(売りに対する買い、あるいはその逆の取引)をすることによって、先物取引における転売又は買戻と同様の効果、すなわち現実の売買の履行を免れることができるが、差金の決済は、これが直ちにされる先物取引と異り、限月の納会日までこれをなしえないというものである。しかし、予約取引の場合に差金の決済が限月の納会日までなしえないといっても、既にした取引について反対売買をした時点で、直ちに計算上の差金が生じ、これが益金であれば次の取引の予約金として利用でき、また損金であれば予約金として利用できる金額がその分だけ減少することになるし、また全取引を結了する場合には、被告会社と顧客とが互いに期限の利益を放棄して解約することで直ちに差金の決済がされるというのであるから、先物取引との現実の差異は、顧客が反対売買によって生じた益金を直ちに現金化して他に利用できない点に限定されるといってよく、予約取引の目的と実態は先物取引のそれと何ら変りがない。
3 ところで、被告会社は金の予約取引について電話による顧客の勧誘を行っていたが、昭和五六年八月二一日の午前中原告方に勧誘の電話をしたところ、原告の応待ぶりから成約の見込みがあると判断して、同日午後二時一五分従業員の被告金村を右勧誘のため原告方に赴かせた。
原告方を訪れた被告金村は、原告に対し、「今金一〇キログラムを三〇〇万円で予約すると来月の二〇日には二〇〇万円の儲けになる」、「今金の値段が一番下がったところで、今がチャンスです」などと言葉巧みに金取引の有利性、確実性を吹聴し、金取引のもつ投機性や危険性については敢えてこれを伏せ、取引の概要や取引約定についての説明もすることなく、金取引の申込み方を執拗に勧誘し続けた。被告金村の説明を当初は半信半疑で聞いていた原告も、繰り返し同様の説明を受けるうちこれを信じるようになり、結局同日四時頃取引の概要すらわからないまま、同被告が差し出した注文書の所定欄に同被告の言うなりに記載して署名、押印し、昭和五七年七月を限月として金一〇キログラムをグラム単価三六四二円で買付ける旨の予約取引の申込みをし、その場で右予約金三〇〇万円(一キログラム当り三〇万円、以下同じ)の内金として一万円を同被告に交付し、更に同被告の求めに応じて同被告が差し出した取引約定書の受領書部分に署名、押印した。右受領書には約定内容の説明を受け、注意深く読み十分理解した上で署名、押印した旨が印刷されていて、受領書部分を切り取って被告会社が保管し、残余の取引約定書を顧客に交付する様式となっているが、前記のように原告は被告金村から約定内容の説明を受けたわけではないのは勿論、これを十分理解して署名、押印したものでもなく、後日取引約定書を読んでみたものの内容が全く理解できなかった。
右予約金の残金二九九万円は同月二四日に被告金村が受取りに来ることになっていたが、これより先名古屋市内に居住する原告の身内の者が事故死し、同月二三日にその知らせを受けた原告は、遺族のためにまとまった金員を用立ててやらなければならないと考え、また前記予約取引それ自体にも友人等の忠告を聞いて漠然ながら不安を覚えたこともあって、同月二四日午前九時頃名古屋市へ赴く途上被告会社に電話して前記予約取引を断りたい旨申し入れた。ところが、原告が翌二五日自宅に戻るや、被告会社から電話があり、同日昼頃被告金村、同沢田の両名が原告方を訪れ、事情を説明して解約を求める原告に対し、「今解約するのであれば売りと買いにそれぞれ三〇万円ずつで合計六〇万円の手数料を支払ってもらわなければならない」と前記取引の申込みを楯に解約した場合の不利益を強調する一方で「九月二〇日までに二〇〇万円の儲けになることは絶対に間違いない、元本も保証する」などと取引を続行した場合の利益を説明し、原告の要請で途中から立会った和歌山市議会議員石田日出子を交えて、同日午後三時頃までの間右趣旨を繰り返し続けた。原告は、当初被告会社との取引を解約するつもりでいたが、被告金村らから解約には六〇万円が必要であると聞かされて惜しくなったことや、石田が金取引の危険性を指摘したのに対して右被告らが反駁し、利益が確実であり、元金も保証する旨繰り返して断言し、六〇万円を支払って解約するかそれとも取引を続けるかを決断しなければ同人らが退去せず、いつまで問答が続くか知れない状況となったことから、結局同人らの言を信用して解約せずに取引を続けてみようと考えるに至り、同人らに請われるまま同人らの自動車で紀陽銀行紀三井寺支店に赴き、定期預金を担保に同支店から三〇〇万円を借受け、なお用心してその場では一五〇万円だけを同人らに交付し、残金一四九万円は翌日に支払うことにした。
4 原告は翌二六日集金に訪れた被告沢田に右残金一四九万円を交付したが、その際同被告から、被告会社が特別に安く手当てした金があるので追加して取引してみないかと勧められ、一か月の短期間であるから誰に相談せんでもいい、自分に任せてほしい旨自信ありげに繰り返されたことから、同人の言を真に受けて同日更に金三〇キログラムを二〇キログラムと一〇キログラムの二口に分けて買付ける予約取引を申込み、その旨の注文書二通を作成交付した上、右予約金九〇〇万については、簡易保険を解約したり証券類を処分するなどして同日四〇〇万円、同月三一日五〇〇万円の二回に分けてそれぞれ被告沢田に交付した。なお、原告は二六日に被告沢田から八月二一日注文にかかる予約金三〇〇万円の予約金証書を受領したが、その裏面に注意事項として、取引について利益を保証し、又は元本を保証することはできない旨印刷されていたので、驚いて同被告に問い質したところ、右文言は玄人の客に対するもので原告のような素人に適用はないが、会社として玄人用の証書しか用意していないためこれを使用したにすぎないから心配ない旨説明され、当時同被告を信頼しきっていたこともあって、これを納得した。
5 原告は、その後も被告沢田あるいはその後任者である野村から勧められるままに、八月三一日金三〇キログラムの売りと三六キログラムの買いの、九月一〇日金三六キログラムの売りと六一キログラムの買いの、同月一四日金六一キログラムの売りと七一キログラムの買いの各予約取引について注文書をその都度作成交付した。右八月三一日の分は、同月二六日に買付けた三〇キログラムにつき売りの反対売買をし、これによって得た差益金一八〇万円と右反対売買によって解放された予約金九〇〇万円との合計一〇八〇万円を予約金として三六キログラムを買付けたものであり、以下これと同様にして、既に買付けたものにつき売りの反対売買を立て、これによって得た見込み上の利益と解放された予約金(見込み上の利益が順次加算されたもの)の合計額をすべて次の買付け分に投入するという方法で、新たな出捐をすることなく順次取引量を拡大させていくものであったが、原告は右のような仕組みについて詳しい説明を受けたわけではなかった。
もっとも、原告は九月二日、一五日、一九日の三回にわたり被告会社の野村や牧野道雄から予約勘定元帳と顧客別売買予約金現在高帳の写しを示され、言われるままにその都度右元帳の余白部分に取引を確認した旨の文言と日時、住所氏名を記載した上、押印したが、その記載内容についても詳しい説明を聞いたことも、右書面の写しの交付を受けたこともなく、原告は終始被告会社との金の予約取引につき当初被告金村、同沢田から説明されたことを信じて格別の疑いを抱かなかった。
6 ところが、同年九月一八日になって被告会社の管理本部次長牧野道雄から、金の相場が急落したので歯止めをかけた旨の電話連絡が入り、翌日になって同人が原告方を訪れ、前日歯止めをかけた分として前日付で金七一キログラム売付けの注文書を作成するように指示された。原告は前後の事情がよく呑み込めなかったが、元本は保証されるものと信じており、単に値下り損を食い止める措置として新たな取引をするものと考えて右指示どおり注文書を作成して金七一キログラムの売り注文をしたが、この取引が九月一四日に金七一キログラムを買付けた取引とは全く別個の、いわゆる両建てと称する取引であって、これにより新たに二一三〇万円もの予約金を預託しなければならないとは予想もしなかった。
その後原告は、同月二八日に被告会社を訪れ、原告がした取引の収支を確認したが、その際の被告会社側の説明では、二一〇〇万円のうち約半分が残っているとのことであり、併せて解約するか否か尋ねられたが、返答を留保して帰宅した。
ところが、同年一〇月五日になって原告は被告会社管理本部長の被告村下昭(その後に被告会社を退社)から電話で呼び出され、同日午後四時二〇分頃ビルの八階にある同社に赴いたが、同社内で被告村下に会うなり、同人から予約取引の清算残高が計算上一二〇万円しか残っていない旨告げられ、これまでの被告沢田らの説明とまるで異なることに驚いて「沢田から元本保証と聞いている」と抗議した。これに対し被告村下は、残存していた九月一四日の金七一キログラムの買いと同月一八日の金七一キログラムの売りについて一〇月五日にそれぞれ反対売買した旨記帳済みの予約取引勘定元帳及びその結果として原告の予約金残高が一二二万一〇〇〇円に減少したことを示す顧客別売買予約金現在高帳を原告に提示した上、「こうなってしまった以上仕方がない」などと原告に申し向けて同社備付けの取引結了確認書に署名、押印するよう求め、原告がこれを拒絶し、明日夫とともに出なおす旨申し出ても、「明日になったら相手にしない。しつこい人だ」などと言って取り合わず、併せてかねて用意の和解確認書をも提示して、原告は同日反対売買により全取引を解約して損金二〇二三万五〇〇〇円が生じたことを確認了承し、一方被告会社は取引手数料を二七万九〇〇〇円値引し(その結果、原告が受領すべき金員は一五〇万円となる)、双方とも他に債権、債務のないことを確認する、という内容で和解することを迫った。被告会社内の応接室でこのようなやりとりがおよそ二時間続けられ、当初は被告村下の要求を気丈に拒み続けていた原告も次第に心細くなり、遂にはその場から逃れるためには同被告の要求を容れるしかないものと諦め、納得はしていなかったが、同被告に指示されるまま同日午後六時三〇分前記予約取引勘定元帳の余白部分に取引を確認した旨の文言と日時、住所氏名を記載して指印した上、取引結了確認書、和解確認書にもそれぞれ署名、指印等をなし、その場で一五〇万円の返還を受けた(原告は右当日印章を持参していたが、右処置に納得していなかったのでこれを押捺せず指印に止めた)。
なお、原告に関する予約取引の詳細及び精算状況並びに予約金残高の変動は、別表「予約取引・精算一覧」及び同「予約金残高一覧」に記載するとおりである。
以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》
二 そこで、以上に認定した事実関係のもとで被告らに不法行為責任が存するか否かについて、以下検討する。
《証拠省略》によれば、大阪金為替市場は昭和五二年九月に設立された任意団体で、最盛時には加盟会社三十数社を数えたが、そのほかはおおむね十数社の金取引業者で構成され、右市場を通じて金の予約取引等がなされていたこと、右市場は、公認の市場でないため取引の公正と顧客保護のための規制措置が充分でなく、また市場を構成する会員業者の数も少なく、その中には顧客との紛争が多発する劣悪業者も混在しているなど、市場としての機能と公正さを疑わせるようなものであったこと、現にその取引方法はせり方式であったり、オファー方式であったりして一定せず、オファー方式における値決めについても、海外の金取引市場における価格を為替レートで日本円に換算した上、日本国内の金の現物市況を参考にして、右換算値の上下各六パーセントの範囲内で職員松浦泰三が決定していたというもので、換算値の上下各六パーセントの範囲内で価格を変動させることが可能であるのみならず、海外市場の選択や国内の金の現物価格の捉え方によっても大阪金為替市場の提示する取引価格が変動するにもかかわらず、これらの点について確個とした原則はなく、きわめて暖昧な形で処理されてきたこと、原告が被告会社に対して金取引の注文をした昭和五六年八月から一〇月にかけては、右値決めの方法としてオファー方式が採用されていたこと、以上の事実が認められる。
ところで、《証拠省略》によれば、被告会社は、原告から注文を受けた金取引についていずれも同社がその相手方となって取引を成立させ、その結果を大阪金為替市場に報告していたことが確認されるところ、その結果として原告と被告会社との利害が、一方が得をすれば他方が損をするという対立した関係に置かれることはあるにしても、オファー方式によって金の取引価格が自動的かつ公正に定まっているとの前提に立つ限りは、右取引方法自体を特に問題視すべき理由はない。
しかしながら、前記のとおりオファー方式による値決め自体に裁量の余地があり、しかも《証拠省略》によれば、昭和五五、六年当時の大阪金為替市場における金取引の六割程度が被告会社のものであったというのであるから、同社の意向がオファー方式による同市場の値決め自体に影響していたと考えても不思議ではないし、そもそも、原告との取引における金の取引価格が同市場の提示した価格と一致していたか否か、一致していたとしてもこれが海外の金取引市場における価格及び国内の現物価格を客観的に反映したもので、原告がした十数回の金取引の状況を合理的かつ統一的に説明しうるか否かを判断しうる資料も存しない。
のみならず、原告がした取引の経過をみても、反対売買によって生じた計算上の利益を次の取引の予約金に順次組み入れるという方法で、金一〇キログラムと三〇キログラムから出発してごく短期間に金七一キログラム(取引金額にして約二億六〇〇〇万円)の売買にまで急速に取引が拡大して行ったが、原告が金取引の投機性や危険性を充分認識してこのような取引を開始、継続したものとは到底理解できず、九月一八日付でなされた金七一キログラムの両建て取引も、単に被告会社に売りと買いの手数料合計四二六万円を余分に稼がせる以外の何ものでもなく、しかも、この取引によって原告が新たに預託すべきことになった二一三〇万円の取引予約金については、原告においてこれを支払う意思も資力もなかったことは、《証拠省略》から明らかである。
従って、このような大阪金為替市場の実情と原告の取引経過に鑑みると、原告がなした金の予約取引が原告の自由な意思と計算に基づいてなされた正常な取引であるとの趣旨に出た《証拠省略》は、これを措信できないというほかなく、被告会社が価格操作をして原告に損害を与えたものと断定はできないとしても、その疑いは濃厚であり、少なくとも同社が当初から原告に損害を与える目的で事情に疎い原告を巧みに誘導して金取引に引き込み、金価格が上昇したとして取引を急速に拡大させた上、金価格の下落を捉えて無意味な両建て取引に誘い込み、新たな予約金の支払能力がないと見るや取引の解約と和解に追い込んで原告に損害を与えるという当初の目的を達した図式を推認するに充分である。
そして右取引の経緯、形態等に照らすと、被告会社の右行為は、単に個々の取引に直接関与した一部役員と従業員による行為というに止まらず、同社全体の営業方針としてなされ、当時の同社役員はこれを容認加担していたものと推認されるから、被告会社と直接の行為者である被告金村、同沢田、同村下(取引の一部に関与したに過ぎない従業員であっても、全取引によって生じた結果につき認識を有していたというべきである。)はもとより、当時の同社役員であったその余の被告らについても、それぞれ共同不法行為者として原告に対し全額についての損害賠償責任を負うというべきである。
この点について被告らは、和解の成立を主張しているが、原告が被告ら主張の和解確認書に署名、指印した事情は前記のとおりであって、単にその場から逃れるための方途としてなしたにすぎず、この内容に従って紛争を解決する意思でしたものではなかったし、その内容をみても被告会社が従来の取引の結果を一方的に原告に押し付けたもので、いわば不法行為の最後の仕上げともいうべき意味あいのものと解されるから、これをもって原告と被告会社との間で和解が成立したと認めることはできない。
なお、被告らは過失相殺を主張し、前認定の取引経過からすれば、なるほど原告の側にも前記のように一旦取引の解約を考えて石田市会議員を立会わせ、被告会社の担当者と折衝などしながら、目先の利益に気を奪われ、ずるずると安易に取引を継続することになった軽率さは否定できないところであるが、これとて被告らが当初から原告に損害を与える目的で原告を金取引に引き込んだことの違法性をいかほども減殺するものではなく、損害の公平な負担という観点からみても特に過失相殺をしなければならない事案ではないから、右主張を採用することはできない。
三 以上によれば、被告らは共同不法行為者として、各自原告に対し原告の蒙った損害を賠償すべき義務が存するところ、原告が金取引の予約金名下に一二〇〇万円を被告会社に交付し、そのうち一五〇万円の返還を受けていることは前示のとおりであるから、右差額金一〇五〇万円が原告の蒙った損害となる。また原告が本件訴訟の提起を弁護士に委任し、これに相当の報酬を支払うことを約束し、右費用と報酬との合計金額が原告主張額を上回ることは、弁論の全趣旨に照らして肯首でき、本件訴訟に至る経緯、本件訴訟の難易等本件に顕われた諸事情を参酌すると、そのうち一〇〇万円については被告らの前記不法行為と相当因果関係のある損害とみるのが相当であるから、結局被告らは原告に対し、右合計一一五〇万円とこれに対する不法行為後である昭和五七年一月六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を各自支払う義務がある。
なお、原告の慰藉料三〇万円の請求については、本件取引の経過と結末につき原告の側にも全く落ち度がなかったとはいえないこと、和解確認書に署名、指印した際の事情についても、原告において印章を持参していながら指印に止めていることなどからすると、特に抑圧された状況下にあったともいいがたいこと(これに反する《証拠省略》は採用しがたい)等を考えると、これを認容するに由ないものである。
四 よって、原告の被告らに対する本訴請求は、主文第一項の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 青木敏行 裁判官 梅山光法 裁判官宮岡章は、転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 青木敏行)
<以下省略>